需要を作り出すことについて

 とある記事を読んだところ、美容整形の会社の経営者が、この業界で収益を上げるには需要を作り出すことが必要であると言っていました。たとえば、男の下半身について外形上の問題があると、異性に嫌われるといった広告宣伝を行うということですね。美容整形というのは、ゼロをイチにする、あるいは、ゼロである状態をマイナスであるという風に誘導することに成功した場合に収益があがるのかもしれません。どういうことかというと、人間には与えられた能力があります。能力は平等ではありません。お金を稼げる人、数学ができる人、容姿が優れた人がいる一方でそうでない人もいる。頑張ればできるというのは、一種残酷な結果をもたらすこともあり、生来的に異なる人間を機械的に平等に扱うことはかえって個人の尊厳に反するように思います。しかし、美容整形はそこに少し語りかけるのです。発展したテクノロジーを用いれば、今より良くなりますよ、幸せになりますよ、このままでは一生独りだ、誰とも付き合えませんよ!と。食べたり飲んだり寝たりすることは、本来ある能力を確保するために最低限必要なものなのだと思います。それは与えられた能力を維持確保する。ゼロだとしても、そのゼロがマイナスにならないようにする。それとは異なる。
 誰か一人でもそのままでいいんだよといってあげる人がいれば、その人は美容整形の門は叩かないかもしれません。今この場に与えられたものに満足できなくなったときに、科学技術は甘く囁き賭けるわけです。需要を作り出す、それは必要なものを必要なだけとっていた自給自足的な社会にはなかったはずのもので、おそらく恐怖や強迫観念こそが人間の動力となることを示しているように思います。
 堂々とそういうことを公言してしまうその人にはむしろ好感を持ってしまったのですが、一方で整形して良かった、自信がついて前向きになれたという人も多くいるわけでして、その自信がそのような発言をさせたのかもしれないとも思いました。